【二大目標:人生には「生計目標」と「生涯目標」とがある】
人には本来、意識するとせざるとに関らず「目ざすべき」行方があって、持ち場持ち場(本職主用:機会)、司々(役職役割:使命)に「生計目標」と「生涯目標」とが用意されている(用意する?)のだと思う。それは、誰に命じられるのでもない個々に発する使命(いのち:私は、『魂の霊』と書く)が源泉で、したがって「生かされている♡」のではなく、自らに「生きる!」と言い切るべきだろう。(それがナニか?は分からなくても生きてはいられるようだけどネ!)

生計目標 : 文字通り生活を営む上での目標で、マズロー説の第四段階まで(生理宿命、安康運命、哲理情理、地位名誉財産の説得力)の欲求に相応する目標。(余談だが)「自由・人権・民主・平等」な~んぞと帰属欲求を所有欲求に(巧みに?)歪めるウシハクの思想には、損得優劣貴賤・凭託荒耽をモノサシとして云々したがる第四段階の説得力(地位名誉財産)に、人々を圧し留めようとする悪意を感じる。 ☞ 不学無教養ゆえの気のせいだろうか?。

生涯目標 : マズロー説の最上階を占める「自己実現欲求」を『納得の欲求』と読み替えての目標 ☞ 自己実現(ってナニ?。我が不学無教養にはチンプンカンプン)欲求を素朴にナゼ?と思いついてシロウト解釈した「納得の欲求(凭託血俗の無責任人生・無関心人生でもなければ、人は誰もが究極的には納得したいのだと思う)」 ☞ 肇国・地域社会・家系家族・自重公協(我・家・《地方》・国の唇歯輔車)に「根拠と重要度」のモノサシを意識する国家観(「私の日本!:所有感」と言うより「私が日本!:紐帯感」)の源泉。

主用と雑用:人は誰もが専らとするシゴト(主用)に先ずは携わり、したがって多くは他のシゴト(雑用)に依拠して生きている。
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凭託[ビョウタク] : 己が責めも命運も(刹那目先の)勝る?側へ凭《もた》れ託《たく》して恥じないコト ☞ そもそも『事大』と表現できる処世ではない(ほとんど消え失せているとは言え、『事大』には曲がりなりにも志《こころざし》の幾ばくかを感じるので、シロウト造語してでも読み替えることにした)。 ☞ 託す:自分がなすべきことを他の人に頼む。まかせる。ことづけ。ことよせ。(託:えらぶって言うこと) ☞ 15/03/28~(それまでは凭勝《ビョウショウ》)
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凭託荒耽[ビョウタクコウタン] : 働くコト、汗を流すコトを「損だ!科だ!」と喚いて果たすべき責任も我が命運すらもヨソ様に預けたまま安逸怠惰を貪り、結果の不遇を他人のせいにして憚らず、伝統的荒みきった人生を改められない口先だけの怠け者(働かせモノ・働かされモノ)?。
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凭託脈癖[ビョウタクミャクヘキ] : 己の責任や命運を他に委ねて、お気楽?にオドコソ(オドオドコソコソ)と生きてきた凭託血脈の慣わしとして、結果の不遇を他人のせいにする才と「その為すところを知らざればなり(ルカ 23,34)?」とでも言いたくなるオトボケに長けた考え方や行動のし方、さらには賊喊捉賊(或いは咎彼泣此《キュウヒキュウシ》:彼を咎めて此れを泣く。この悲劇はアレのせい。自己正当化、夜郎自大症のユスリタカリ)など、日本では想いも及ばない熟語や諺の数々を生んだ歴史的習俗を雪げない未人の妄癖癇癖 ⇒⇒⇒ 凭託悪弊、凭託陋習

[?] ☞ 人間 ?(浄獣清蛮・剥獣削蛮・泄獣雪蛮)☞ ひと(霊止) ☞ <亜人☞未人☞>新人 ☞ 旧人 ☞ 原人 ☞ 猿人 ☞ [?](正しい?進化過程は、ウィキペディア『人類の進化』でリカバリー)

妄: 筋道がなく、でたらめで道理が分からないコト
癇: ちょっとしたことにも興奮し、いらいらする性質
陋習:いやしい習慣。悪いならわし



 
【唇歯輔車:私の日本(所有感)!と言うより私が日本(紐帯感)!】
君の代ではなく君が代、君の日本ではなく君が日本、だから私の日本(所有感:自由と権利)!と言うより私が日本(紐帯感:使命と気概<唇歯輔車:相互必須の関係>)! ⇒ 晩節に響いた日本の真髄(皆様から教わった人類の普遍) ⇒ 肇国(国づくり)とは私ゴトそのものであり、したがって千代に八千代に終わりなき例《ためし》の文武(教育と国防:経営と防衛)もまた名も無き偉人(ご先祖様)達が幾星霜を紡ぎ伝えた私ゴトそのもの、つまり今(現:うつつ)を生きるモノとしての尊弥原則(スメラギの悠久)尊和原則(さざれ石の巌)に基づく「この道しかない!この道(國體の本義。myブログ編集学習中)」だ。したがって、読書聞触(ドクショモンショク:本を読み、耳を傾け、実践するコト)の「この道しかない!」この道にほ、いわゆる自由はないが、未だ嘗てのいずこのヨソ様とは比べものにならないほど遥かにさざれ石(小さな手・小さな声)としての自由裁量は大きい。

尊弥原則(ソンミゲンソク) : 私達はどこに向かうべきか?、あるいは国づくりはどうあるべきか?などは、当然のことながら今の私達だけで決められることではなく、往にし方《いにしへ》、来し方、指し向き《いま》、行く末《これから》のすべての人々を顧慮相照して決められるべきだとする自由人権・民主平等に優先する国づくり(肇国《創業守成の国づくり》、肇国三態《肇国・扮国・黙国》)の原理原則。ただし、日本の場合は国祖が知らしめたシラスに行方(浄獣清蛮)が読み取れるので、敗戦受忍(三枷:内三圀民・敵国条項・受忍憲法)の今は欧色文明がもたらした世界秩序(人譴)との兼ね合い間合いを換骨奪胎を以て計りつつ、如何にして日本文明(国づくり)を実現(敗戦受忍の現在はそれでもどうする?それならどうする?と啓開《行方の妨げになっているモノを排除して切り開くコト》)するのかということであり、その意思確認は有権者数や投票率を云々する(民主的?)投票方法ではなく、国政調査のような方法で日本文明継承者全世帯を対象とすべきである。
試行錯誤 : 私達の行方は、さざれ石(類縁紐帯:日本文明継承の小さな手・小さな声)として家門《いえかど》を調え、国づくりの試行錯誤(家と国と地域社会と密接不可分の紐帯関係を築き、働き者として持ち場持ち場《本職主用:機会》、司々《役職役割:使命》を全うしようとするコト:目標 ☞ 実行 ☞ 確認 ☞ 反映(見直し) ☞ 〈目標~〉)にもたらされる(感謝《報恩応恵》、勤勉《義と換骨奪胎》、公協《我家国の唇歯輔車》等々)によって獣性蛮性を脱ぎ捨てた人間を目指すコト(ではなかったろうか? ☞ 縄文に遡る国祖が天下に知らしめた叡慮:浄獣清蛮・剥獣削蛮・泄獣雪蛮)。

つまり私達は、すめらぎに服ろ《まつろ》うか否か(日本人ならすめらぎに服ろうことこそ原則)であって、国家の行方は「手に手を取り合う働き者達の家族的手作り国家建設継承」、つまり国づくり(日の丸・君が代・さざれ石)だ!。 

部外者(外喚埒外)の惑乱佞弁とは、肇国未完の試行錯誤に対する貶日貪日、潰日を目的とする例えば「肇国必須の国防」を「戦争ができる野蛮」とウマいコト(惑乱佞弁)を言った?つもりがタメにするヒネた日本語の耳障りでしかない。 ⇒ コトここに至って日本人(類縁紐帯・唇歯輔車)なら、それは聞くに値しない「日本に居るだけで丸儲~け!貶日貪日ならなお儲~け!」と嘯く凭託無責任の雑音(大きな声:マイノリティーラウドネス)にしか聞こえないハズだ!。



 
【日本文明継承そしてさざれ石:国づくりとシラスと使命】
※ フェイスブックより転記 ☞ https://www.facebook.com/assay.much/posts/650626558415758
「国是(わ・日の丸・オオミココロ)、国訓(シラス・国語・すめらぎ)、国能(継承使命・君が代・オオミタカラ)」を国づくりの礎(肇国三律)とし、郷土の無資源夥禍《な~んにもない災害列島》と人の不完全夥瑕《能力が限られて欠点だらけのタミ》を弁えて堪え難きも忍び難きも堪え忍んで乗り越えようとし、謙虚に地道に肇国未完(国づくりの最中)の試行錯誤を千代に八千代に苔生すまで紡ぎ伝えようとするコトを私は日本文明継承と言い、継承使命の担い手をさざれ石(類縁血脈:日本文明継承の小さな手・小さな声)と言う。
※ 21世紀はさざれ石(類縁紐帯:国づくりの小さな手・小さな声)それぞれがそれぞれの郷土に国家を名告れる国づくり(我・家・《地方》・国の唇歯輔車)を目指し、世界の国々もまた類縁紐帯の結びつき(さざれ石・国家・世界の唇歯輔車)を目指し、苔生す巌(浄獣清蛮・剥獣削蛮・泄獣雪蛮の塊:獣性蛮性を脱ぎ捨てたさざれ石の絆)となるコトに目覚める『君が代』の始まりの世紀。
※ 獣性蛮性を脱ぎ捨ててさざれ石の巌となったとき、『ミチ(カミを決めた真源)・スジ(カミが決めた哲理)・ノリ(ヒトが交わした約束)』のノリ「シニカル三策:ルールは、つくって守らせるが上策、都合で右左するも上策、中策無くて守るは下策」が無くても奪い合うこともなければ、分け合う必要すらもなくなる。
 
オオミココロ:国祖の叡慮に発して皇祖皇宗すめらぎに通底(往にし方《いにしへ》・来し方・指し向き《いま》・行く末)する日本の意思。
換骨奪胎《カンコツダッタイ》:http://tradespec.main.jp/0/kd
禍瑕《カカ:自然の夥禍とヒトの夥瑕》http://tradespec.main.jp/0/ka
 ◎ 郷は無資源夥禍《カカ:な~んにもない災害列島》
 ◎ 人は不完全夥瑕《カカ:能力が限られて欠点だらけ》
君が代:君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔の生すまで。(きみがよはちよにやちよにさざれいしのいわおとなりてこけのむすまで)
【シロウトの独自解釈】
君:貴御(キミ:天皇、貴い《たっとい》の統御)、岐弥(キミ:キ《男:機会・説得》、ミ《女:弥栄・納得》)。
君が代:持ち場持ち場(本職主用:機会)、司々(役職役割:使命)を弁えて天皇と共に国づくりをする生涯(天上天下唯我独尊:奇跡の魂の霊《いのち》)。
千代に八千代に:君が代が終わりなく紡ぎ伝えられていく様子。
さざれ石:類縁血脈・類縁紐帯となる日本文明継承の小さな手・小さな声。
巌となりて:試行錯誤に応じて強固に団結し、ついには総てが国祖の意を体して一つの塊になるコト。
苔の生すまで:"A rolling stones gathers no moss(転がる石に苔むさず)"。人類の獣性蛮性が削がれ脱ぎ捨てられて奪い合う険しさが消え失せ、分け合う思い遣り(お陰様とお互い様)すら必要とされなくなったとき、強固な巌となって天下は落ち着き、初めて苔が生すようになる。国祖が知らしめた(国づくりとシラスと使命)今現在の試行錯誤(浄獣清蛮・剥獣削蛮・泄獣雪蛮)が終わって次の試行錯誤が始まるその時まで。
※ この苔(「さざれ石の巌」に生す、「さざれ石が巌」に生す)にハメリンプールの藻石(ストロマトライト)を感じたのは私だけだろうか?・・・酸素はどこから?・・・。

【専門家、学者のご教唆ご教導】
君が代の解釈[検索]: Google 検索
ブログの紹介記事:ねずさんのひとりごと 君が代のお話
君が代(現代語訳付き) Japan's national anthem / 祝日大祭日唱歌八曲
君が代の本当の意味 国歌、君が代は恋の歌だった
【お気に入り動画】
浅田真央 最も素晴らしい君が代 mao asada

日の丸(日の本の象徴)を掲げ、すめらぎに服ろ《まつろ》い、君が代を口遊みとして主《あるじ》を語らずとも主を成し、国家を語らずとも人みな服ろ《まつろ》い、法を語らずとも秩序を保ち得たのは、郷土の夥禍《カカ:な~んにもない災害列島》に人事の儚さを知って類縁紐帯・唇歯輔車に至り、奪い合う遺恨庸愚を懲り、貶め合う不毛に庸俗を恥じて人の夥瑕《カカ:能力が限られて欠点だらけのタミ》に相補《そうほ》を醸し、堪え難きも忍び難きも共に堪え忍んで乗り越えようと声掛け合って今に紡ぎ伝えた「感謝・勤勉・公協」こそ名も無き偉人(ご先祖様)達に常在した国づくりの理念(国祖の叡慮)ではなかったか?。

禍瑕 : 日本は無資源夥禍《な~んにもない災害列島》、人は不完全夥瑕《能力が限られて欠点だらけのタミ》。つまり、働く(機楽:自分が楽をするため、傍楽:共に楽をするため)コトしか日本には無かった。だから、楽をするために他を犠牲にする怠け者をナマミのケモノと忌み嫌って戒め、奪い合う険しさより分け合う温もりをさざれ石(日本文明継承の小さな手・小さな声)み~んなで紡ぎ伝えてきた(不学無教養の単なるコジツケ、コトバアソビだが、晩節に至ってなお、な~んの裏付けもない思いとは言え、我ながら頷く)。

夥瑕《カカ》 : 人間って、誰もが不完全で能力が限られていて欠点だらけ
相補《ソウホ》 : 人の夥瑕《カカ》を補おうとするか補い合おうとすることを私は「愛」と言う。「大切(かけがえのないモノ)」の発露もそれに違いない。



 
【人類の行方:祓獣廃蛮 ☞ 人間はまだ始まっていない?!】 
不学無教養の妄誕欠稽、シロウトの世迷言に違いないが、先ずは祓獣廃蛮《ハイジュウハイバン:奪い合う獣性を祓い清め、争い合う蛮性を廃滅するコト》を目指すべきで、そう言う意味で人間はまだ始まっていない?!(も少し気の利いた穏やかな表現があるかも知れない)のではなかろうか?。
いわゆる神(GOD:創造者)のクビキから抜け出て、さざれ石(類縁紐帯:日本文明継承の小さな手・小さな声)み~んなで無資源夥禍《な~んにもない災害列島》、不完全夥瑕《能力が限られて欠点だらけのタミ》を確認し合い、堪え難きも忍び難きも堪え忍んで補い合う『かみ(KAMI)』の国(三律を掲げる肇国未完の試行錯誤)を目指そう!と天下に知らしめた人類の歴史的事件が遥か縄文に遡る神代の日本(我が偏狭稚拙に言う肇国の源郷風景)ではなかったか?。
そこから名も無き偉人(ご先祖様)達は獣性蛮性を脱ぎ捨てた祓獣廃蛮の人間になろうとしたのではなかったか?。
ここに言う獣性は覇欲・奪い合う常識(秩序より実力を重んじる弱肉強食)とシロウト解釈したモノであり、蛮性は領欲・ウシハクの正義(主従《働かせモノ・働かされモノ》を争うコト)。つまり世界秩序(人譴秩序)と解釈したモノである。

非道極まりない残虐な事件に「アンナコトするなんて人間じゃない!」と吐き捨てるかのような感情露わなカナキリ声を見聞きするたびに「『アンナコト』をするのが人間だ!」な~んぞと若気の分かったフリを呟いたモノだったが、はてさて、よ~く考えてみれば人間然としてはいるモノの、私達はケダモノから人間への途上にあるという意味で、この感情露わなセリフは正鵠を射た表現では無かったろうかと思うようになった。

私達は人譴が囁く人間としてのゴール(覚醒?解脱?・・・彼岸?天国?)を目指しているのではなく、まずは獣性蛮性から脱した人間として(目指すべき次の)スタートラインに立とうとしている」のではなかろうか?。
神(GOD)を騙らず(無政府無秩序を忌避して)マツリゴトを盛んにしてきたスメラギ日本の苔生す明日の実相はソレ(浄獣清蛮・剥獣削蛮・泄獣雪蛮)ではなかろうか?
☞ 「アンナコトをする」人間途上からの卒業! ☞ 善美を温ね、悟りを開くのはそれからなのではなかろうか?・・・

楽(機楽、傍楽:はたらく)をする工夫(換骨奪胎)を楽しみ(生き甲斐?)とする働き者(持ち場持ち場《本職主用:機会》、司々《役職役割:使命》を全うしようとする者)をこそさざれ石(類縁血脈:国づくりの小さな手・小さな声)の『生き様』とする名も無き偉人(ご先祖様)達であったればこそ、家門《いえかど》を調え、声掛け合って終わりなき肇国の試行錯誤を紡ぎ伝える『使命の種火(縄文に遡る国祖を尊い《たっとい》とし、今に至るすめらぎに服ろ《まつろ》う肇国未完の試行錯誤)』を今に保ち得たのではなかったろうか?

私達人類が為すべき当面の課題は、さざれ石(日本文明継承の小さな手・小さな声)として家門《いえかど》を調え、国づくりをしていく過程(家と国と密接不可分の紐帯関係を築くコト、働き者として持ち場持ち場《本職主用:機会》、司々《役職役割:使命》を全うしようとするコト:義と換骨奪胎)と「我・家・(地方)・国」の唇歯輔車(相互必須の関係)とによって人間(獣性を脱ぎ捨てた感謝・勤勉・公協そのもの:浄獣清蛮・剥獣削蛮・泄獣雪蛮?)になるコトではなかったろうか。・・・人間はまだ始まっていない?!

(以下はまったくの余談、シロウトの思いつきだが・・・)
この一大事業こそ、宇宙の悩み(私達はどこから来てどこへ行こうとしているのか、というより、なぜ宇宙はあるのか?)に人間が取り組む第一歩(人間のスタートライン)のための『手段』として、遥かな縄文神代に遡る国祖がその叡慮(『肇国』と『シラス:肇国のコツ』)を天下に知らしめたのではなかったろうか・・・。

これまでは、ココに言う人類の行方を
浄獣清蛮《ジョウジュウショウバン》
剥獣削蛮《ハクジュウサクバン》
泄獣雪蛮《セツジュウセツバン》
とシロウト造語をして書いてきたが、煩雑なので
祓獣廃蛮《ハイジュウハイバン》
のみを使用することとした。なお、国語として正しい解釈や正しい表現がございましたなら、お手数でもお教えいただければ幸甚です。



 
【肇国未完の国家・肇国未然の社会・肇国不問の群棲】
肇国未完の国家[肇国] : 日本は「肇国三律(ジャパンモデル)」を以て、国祖の縄文より人類未曾有の「国づくり」を目指す(国家三領を整えようとする)肇国唯一の試行錯誤国家 ⇒ 手に手を取り合う働き者達の家族的手作り国家建設継承。(類縁紐帯の国づくり。不学無教養のシロウト表現。某議員さんにコトバアソビで論外と突っぱねられたが、それでも懲りずに《言われて暫くヘタレていたけど》カタコト語で投稿する。教育も国防も報せるも、日本に限っては建国の遥か以前からあった国祖の叡慮。 ☞ 日本とはシラスをコツとする類縁紐帯の国づくりを千代に八千代に紡ぎ続ける試行錯誤の国家。)
国家三領:領統[独立、立憲]、領域[領土・領海・領空]、領能[ひと・もの・かね・情報・機会(資源)]  
肇国未然の社会[扮国] : 「自由・人権・民主・平等…常識・正義…」な~んぞと手立て(?)を掲げて国づくり(肇国)を見せかけ、シニカル三策(ルールは、つくって守らせるが上策、都合で右左するも上策、中策無くて守るは下策:人譴)での親疎損得・優劣高廉をモノサシとし、『(義の無い)正義・(識なき)常識・(和のない)平和』の耳あたりで「働かせモノになるか働かされモノにされるか」の争いごとから抜け出られないお国ごっこ。
肇国不問の群棲[黙国] : 肇国未完の国家、肇国未然の社会以外の社会。  (黙す《もだす》とは、そのままにしてかまわないでおく。無視する。) ☞ 群棲
.
肇国三興(サンコウ:天皇《テンノウ〈コウ〉》・王侯《オウコウ》・覇功《ハコウ》)とは、領導の『核?正統性?』として『天道・王道・覇道』を読み聞きした殆んど頼りにならない記憶から、しかし『道(普遍的道徳的規範?)』に対するこだわり(短見浅慮)もあって、敢えて『興《コウ》:力を合わせて盛んにする字義』を脚韻として肇国三態と同じシロウト乱暴で思いついた表現である。



 
【虐日偽善】
酒井信彦氏 : 欧米の蛮行には触れず、同胞である日本を貶めることで自分たちを善く見せようとしていること。
ZAKZAK by 夕刊フジ  ; 日本や日本人を「悪」と決めつけて糾弾することで、自分自身は正義の側に立つことができる。他を貶めることで自分を美化し、道徳的優越感を享受したいのであれば、それは根本的に偽善である。日本や日本人同胞を虐げる偽善だから「虐日偽善」と表現すべき。
酒井信彦の日本ナショナリズム : 酒井信彦 講演会「虐日偽善に狂う日本人」。
ブログ 目覚まし時計 : 虐日偽善の正体 歴史問題を利用して他人貶め自己美化する日本人。

[シロウトの乱暴に過ぎないが、・・・]
何が正しくて何が誤りか、何が善で何が悪かは分からないのが人類の歴史(試行錯誤:「何が分からないのか?」すら分からない)だと思っている。それでも人間は、認めてもらいたいのだろうし、納得したいのだろうし、したがってその「ヨカレ(都合)」は、一般的には「真善美(分かったフリや分かったツモリを誘発するモノサシ)」を騙ったイイコチャン側に立とうとする。

マズロー先生の五段階説に幾通りかの解釈があるが、いずれにしろ第四段階は認知欲求(認められたい)であり、第五段階は自己実現(自己超越)である。・・・ ← ・・・ ナニそれ!?
この第四段階と第五段階の「ナニそれ!?」分かったフリか分かったツモリ状態をミソクソ(尾籠ゴメン!)にし、他を貶めることによって自分を優位に見せようとする、あるいは他の欠点不全をあげつらって自分を優位に見せようとするケナゲは日本文明(肇国未完の試行錯誤、肇国三律に基づく試行錯誤)になじまないココロエだけに、日本の良俗はコロッと背乗りされてしまいましたよネ!

人には本来、意識するとせざるとに関わらず「目ざすべき」を行方として、持ち場持ち場(本職主用:機会)、司々(役職役割:使命)に「生計目標」と「生涯目標」とが用意されている。それは、誰に命ぜられるのでもない個々に発する使命(いのち)が源泉で、したがって「生かされている♡」のではなく、「生きる!」のだ!。(それがナニか分からなくても生きてはいられるようだけどネ!)



 
恨憐貶貪日本文明毀壊語:日本良俗背乗りコトバ集
歴史問題?、社会問題?を(文学的?に)表現する日本語の違和感
今日にいたる戦後受忍日本を貶め、貪り続けるための日本文明毀壊語

(思いつくままに掲載してみた) 

「従軍慰安婦、日本軍性奴隷」
「戦争ができる国」
「歴史認識、歴史観」
「政治と文化交流」
「政治と民間交流」

「コトバ狩り」
「歴史修正主義」
「自虐史観」
「軍国主義」
「平和ボケ」
「日本の常識は世界の非常識」
「生活習慣病」
「成功体験が邪魔する」
「実力主義」
「自己責任」 
「あなたが主人公」
「憲法とは国家権力を縛るモノ」
「勝てば官軍!」、「勝てば正義!」
「べき論」、「レッテル貼り」

な~んかまだあるような気がする_これに自由・人権・民主・平等、護憲・平和なんぞとダメ出し_オマケに平和憲法と九条世界遺産でしょうか_いじめや体罰、差別もな~んか違うような気がする
惑乱佞弁(コトバアソビ) : 単純を複雑に、明瞭を曖昧に、容易を困難に捻じ曲げて『義のない正義、識なき常識、和のない平和』を「思想だ!主義だ!理念だ!」な~んぞと空念仏を喚いてアレコレ言いくるめようとするコト。 ☞ 「左右保革、自由人権民主平等、護憲戦犯!」と凭託脈癖の天性巧みな虚言妄言と芸演歌舞(ボキャ貧表現力)で「みせかけ、とりつくろい、なりすまし」に酔い痴れながら人を世を愚弄する流外冀該(リュウガイキガイ:ナニゴトによらず三流にすらなれないのに当事者ヅラしようとするコト)の言いたい放題。 ☞ 
「日本に居るだけで丸儲~け!」を「生きてるだけで丸儲~け!」と嘯き、
「貶日虐日ならなお儲~け!」の
アゲゾコ目線で「毒を薬、薬を毒」と教えたがったり、「国づくり必須の国防」を「戦争ができる・軍国主義」な~んぞと
(「Terror:恐怖」醸成の)
賊喊捉賊・咎彼泣此(キュウヒキュウシ:アレを咎めてコレを泣く。この悲劇はアレのせい。厚顔無恥の自己正当化、自己優越化の心情)
言い替えるコトバ遊び
。それら貶日貪日を二重三重に楽しんだ?り、
創恣皆迷《?そうしかいめい》で日本の良俗を背乗りするなど、人類に歴史に
「よくもまぁ~」の
凭託悪弊、凭託陋習の産物。

義の無い正義
正義:善悪に言う善とは違う、しかし人間の営為万般において求め求められるべき、おこないおこなわれるべき普遍的究極的「イイ《ヨカレ》」を実現するのに、或いは装う(正当化する)のに充分な根拠(または考え方、行動のし方)。《シロウト解釈》
識なき常識
常識:ある社会の大多数に共通する考え方や行動のし方(知識、価値観、判断力など)。《シロウト解釈》
和のない平和
平和:
『平で穏やかな様子』『バランスがとれた状態』『波風が立たないこと』『人間にとって都合の良い環境』などの意味。《ニコニコ大百科》



 
窒報:為報成知、先ずは凭託情報屋をダマらせよう!
さざれ石の巌となって、み~んなで日本文明継承のコツ『肇国三律シラスに言う情報部門(媒報・介報<マスメディア:マスコミ>・教育・刊行) 』を奪還して継承使命を果たそう!。先ずは捏造改竄工場の解体奪還だ!
部外者(外喚埒外)の「日本に居るだけで丸儲~け!貶日貪日ならなお儲~け!」の終わりが始まっているが、要は私達さざれ石(類縁紐帯:日本文明継承の小さな手・小さな声)が正しく丁寧、かつ確実に仕留め、看取ってやることでしょうネ!

◇◇ 凭託情報屋(《ビョウタクジョウホウヤ》外喚埒外、化外のシミ)御一行様お・も・て・な・しメニュー・・・

※ 窒犬慰労(現トロの功につき)の辞
「NHKに受信料を払うのは犯罪に手を貸すコトだ!」
(窒犬:NHK、その他関連情報屋を窒息させること)

※ 窒朝慰労(現トロの功につき)の辞
【朝日新聞を糺す国民会議】<http://tradespec.main.jp/3/ad
【朝日潰しの効果的な三つの方法】<http://tradespec.main.jp/3/ac
あくまで冷静に淡々と熱くなったり怒ったりしては長続きしません
尚、朝日本社への抗議電話は不愉快になるだけで、効果が無いから止めましょう
(窒朝:朝日新聞、その他関連情報屋を窒息させること)
.
現トロ(現調トロイの木馬) :  自前は凭託陋習のサカシラのみで、七大資源(ひと・もの・かね・情報・時間・空間・機会)のすべてを現地で調達(元々持ち合わせがない)し、内通者(便衣兵:民間服で偽装した中国兵士のように貶日貪日を隠して日本人に成り済ますナイサン)を増殖させて巧妙に日本文明の壊滅を工作するトロイの木馬に似た罠、仕掛け ☞ 受忍日本は司法・立法・行政・恣報(情報の捏造改竄)の四権構造 ☞ 恣報(情報の捏造改竄)の現トロ(NHKや朝日等々のマスコミ)は言わずもがな、司法にも立法にも行政にも現トロヒエラルキーはあって公追貪利開化貪利の巨大な既得権益ネットワーク(全国津々浦々)を形成している。




正しきによりて滅ぶる国あらば滅びてもよし、断じて滅びず!
[私は次のように解釈して、この歌を使わせて頂いている]

正しき(すめらぎ)によりて[を為そう(オオミココロに遵おう)として]
滅ぶる国あらば[国が滅ぶ、国づくりが頓挫するのなら]
滅びてもよし[そんなヨコシマな世界に『魂の霊《いのち》』を尽くす(使命を果たす)意味などないから滅んでもいい、こちらから滅んでやる!ぐらいの意味]
断じて滅びず[を為すといういことは、その困難をも引き受けて乗り越えるコトであって、は実現する(たなぼた・天与)のではなく、実現させる(オオミココロの継承使命)のだから、滅ぶことはない!]

「正義が勝つのではなく勝ったモノが正義だ!」としたり顔で嘯く評論家を気取って、その実ただ手を拱いて卑怯の側に安穏の身を置くのではなく、誰もが自分でできることからでいい、先ずは『(いつだろうが、どこだろうが、誰だろうが冒すコトができない、他のコトでは贖えない、終始一貫して筋道が通っているコト、あるいはそれを成し遂げようとするコト)』を心掛けよう ☞ 日本人雑感 ☞ 目の前が、今だけが良ければいいワケではない(平田篤胤の本意とは違うかも知れないが、そこは不学無教養の世迷言、ご蔑笑ください)

日本文明継承者の使命とは、旧主皇祖の約束(国づくりとシラス)を君が代(千代に八千代に)に終わりなく紡ぎ伝える『魂の霊《いのち》の使い方』だ!魂の霊《いのち》が尊いのは和とシラスの君が代に、たった一度の『光(使命:唯我独尊) 』だからだ。しかもそれは、累代を今に伝えた魂の霊《いのち》の最前線に燦然と輝く奇跡だ!(世迷者の世迷言だが、宗教や哲学の難しい説教説諭ではなく考えるまでもない事実だ)
興一利不若除一害、生一事不若減一事 (蒙古)耶律楚材

※ 引用:指導者名言録(6:耶律楚材「一利一害」
興一利不若除一害:一利を興すは一害を除くにしかず
生一事不若減一事:一事を生(ふ)やすは一事をへらすにしかず

これは史上稀有の大宰相・遼の王族耶律楚材の名言である。彼はヂンギスカンが 満洲を攻めて遼の王國を亡ぼした時、二十六歳の青年であつたがヂンギスカンに一見して惚 れこまれ、肝胆相照して爾來三十餘年複雑多難な蒙古の國政を運用した。
(中略)
上掲の言葉はこの偉人の語にしては消極的に感ぜられるかも知れない。然し実際 政治に苦労したほどの人ならば、流石は軍國非常の際に経験を積んだ名相の言だけ あることを深く味識するであらう。元來世間の事は雑草のやうに、油断をすれば際 限なく生(ふ)えてゆくものである。事件が次から次へと増加してゆくと、その繁雑に紛 れて、段々餘裕も反省も無くなつてしまふ。そして結局破滅に陥るものである。絶 えず問題を省みると共に省いて、手にも心にも餘裕を存することが必要である。政 治とは省治である。役所を「省」と称することは誠に深意がある。

然るに役人政治家ともなれば、功名心に駆られ、人氣を博さうとするから、どう しても何か目新しいことを行つてみたい。整理とか償却とか節約とかいふやうなこ とは、とんと行(や)り榮(ば)えが無い。そこで「一利を興す」方を好んで、「一害を除く」 ことはなかなか行らない。その中に積弊が手の着けやうもないほどになつてしまふ。 これが革命を誘発するのである。人は、「無事」を祈りながら、何と我から「多事」にして居ることであらう。
(安岡 正篤師。一部、現代仮名遣いになっている。)



政治に関わるモノ(特に『三権・教育・広宣』従事)の適格最低三項
(一)受忍の三大聖地(靖国・三ヶ根山・知覧)の参拝
(殉難殉国者は、他にもたくさんいらっしゃいますが、先ずは日本文明継承使命の象徴《類縁紐帯:日本文明継承者は血脈関係、唇歯輔車:我・家・《地方》・国の紐帯関係》として)。
 ⇒⇒⇒ 自己
申告で良い
 
(一)報道の正常化(シラスの回復:例えば反日マスコミの
解体奪還など)活動。窒報(凭託情報屋の捏造改竄阻止)活動。
⇒⇒⇒ 見れば分かる
(一)幕末の国難《どさくさ》時にもたらされた西洋浅史の人譴
語らないマツリゴト。つまり、「国づくりとシラスと使命」を第一義とする肇国未完の試行錯誤国家を前提とする政治活動。
⇒⇒⇒ 見れば分かる
.
シラス : 人類の行方を実現するため、一人一人が凡夫(夥瑕《カカ》)を知り、乱暴(ゼニや武力による説得)を避け、情報(森羅万象>知識>見識(知恵・教養)>能力)の共有化と役割の分担(持ち場持ち場《本職主用:機会》、司々《役職役割:使命》を全うしようとするコト)こそ肝要だとする肇国(日本文明)に通底する方針(肇国のコツ?) ⇒ シロウト造語:相割(手分け:お陰様とお互い様) ⇒ 参照:シラスとウシハク
ねずさんのひとりごと)
人類の行方:共に手と手を取り合う働き者達の家族的手作り国家建設継承[和:感謝・勤勉・自重公協
日本文明(シラスの文明:天譴・夥瑕・相割・相補)と日本以外の文明(ウシハクの文明:人譴・神威・唱覇・) 
⇒⇒⇒ 人間って、誰もが不完全で欠点だらけで限られたモノ、だからよく間違うモノだし、魔が差すモノだし、為し難く成し難いものだ!
⇒⇒⇒ それでも、『いのち』の限りなき『使命感』に『信』を置く外に人類の行方を委ねられるモノはあるだろうか・・・・・
.
ミチ[義] : 『かみ』を決めたモノ
スジ[理] : 『かみ』が決めたモノ
ノリ[法] : 『ひと』が決めたモノ

日本人とは、肇国(国づくり)を号令した(天下に知らしめた《知るようにさせた》)国祖を尊い《たっとい》とし、すめらぎに服ろ《まつろ》い、ミチを目指し、
スジを極め、ノリの云々を恥とした
未曽有のタミです。いまこそ私達は、皇紀第三の国難を啓開(行方を塞ぐモノを排除するコト)するために、日本文明継承者(さざれ石:小さな手・小さな声)として選択した安倍奇跡政権のこの『みち:道義・道理(左右保革タカハトで語れない義と換骨奪胎)』を確信して終わりなき君が代を正しく丁寧、かつ確かに歩もう!

ここに言う『かみ』とは漢字で表現できる神(特に『GOD』)のことではなく、国語に感じる『かみ』のことなので混乱されるかもしれないが、私は「完全を目指した言霊祖魂」ぐらいにシロウト判察している。
完全:目ざすべきお手本を示せない(何が分からないのかすら分からない)究極の満足。
完璧:目ざすべきお手本(和氏の璧?)を全うして到達する満足。


肇国三律:国是[理念]・国訓[方針]・国能[使命]
(不学無知、不遜不敬の畏れ知らずが思い至った肇国の
コツ)
国是 : 君が代が成すコト
国訓 : 君が代が為すコト
国能 : 君が代の約束:納得<使命:いのち>

天恵天譴(ヨソ様は人文人譴)
クニは無資源夥禍《カカ:な~んにもない災害列島》
タミは不完全夥瑕《カカ:能力が限られて欠点だらけのタミ》

【国是:和】 http://tradespec.main.jp/0/wa[シロウト字解] ☞ オオミココロ(かがみ:国づくり)。 ☞ 日の丸 ☞ 唇歯輔車(相互必須の関係) ☞ 手に手を取り合う働き者達(さざれ石:日本文明継承の小さな手・小さな声)の家族的(血縁づきあい:類縁血脈・類縁紐帯)手作り国家建設継承。 ⇒ 感謝・勤勉・自重公協。 ⇒ 分け合う文明(ヨソ様は、奪い合う文明)。

【国訓:シラス】 http://tradespec.main.jp/0/su[シロウト判釈] ☞ 肇国のコツ(つるぎ:みち・すじ・のり)。 ☞ 君が代 ☞ 換骨奪胎。 ☞ 情報共有化と役割分担(持ち場持ち場《本職主用:機会》、司々《役職役割:使命》)こそ肝要だとする日本文明の肇国原則(為報成知[報せるを為し、知るを成す、報せるべきを報せ、知るべきを知る。 ⇒ 権利でも義務でも勿論自由でもなく、日本人の使命だ!)。 ⇒ 三権・教育・広宣の正常化!。
情報(ありとあらゆるモノ・コト) ⇒ 知識(知恵と教養の源泉) ⇒ 見識(モノ・コトを広く深く見通して本質をとらえる優れた判断力と表現力)
知恵:知識を判断、活用する能力(知識の広さ)
教養:知識を判断、応用する能力(知識の深さ)

【国能:さざれいし】 http://tradespec.main.jp/0/jzs[日本人雑感] ☞ オオミタカラ(たま)。 ☞ 肇国の使命(たみ・いのち) ☞ スメラギに服ろ《まつろ》いつつ『国是国訓』に基づく肇国の大業(日本文明継承)を千代に八千代に苔生すまで、さざれ石(小さな手・小さな声)の巌となって紡ぎ伝える君が代の使命(国譲りの確約)。
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肇国[ちょうこく、はつくに] : 建国するコト、国を肇《はじ》めること、建国途上の国家、国を肇《はじ》めた国家。 ☞ 知らぬに劣る一知半解での肇国三態を念頭に、『国づくり』を考えてみた。

日本は肇国未完の国家、ヨソ様は肇国未然(『国』を
名乗ってはいるものの、行方が定まっていない〈未然〉)
の社会
 ⇒ 『肇国三律』で国家の行方が示されているからこそ試行錯誤ができるが、ヨソ様は未だ行方すら定まらない肇国未然の社会 ⇒ 行方なき回歴彷徨・彷徨錯誤(いつものシロウト悪弊による造語:不愉快ご容赦)

だから、ヨソ様は右へ行くべきか左へ行くべきか、現体制を
改善して試行する方向[保守]を行くべきか、まったく新しい
体制へと変革する方向[革新]を選ぶべきか、時間を掛けずに
強行すべき[タカ]か、時間をかけてでも注意深く進むべき
[ハト]か・・・民主主義、権威主義、全体主義、それらの
修正主義、その他・・・行方定まらぬよりどりみどり状態。

つまり『左右保革タカハト、自由・人権・民主・平等・・・
反戦・平和』な~んぞと耳あたりの好い標語を掲げて『義の
ない正義・識なき常識・和のない平和』の惑乱佞弁
を振り
撒く凭託情報屋らと一緒になって
『左右保革タカハト』云々で「日本のため」を考えることが
イイことかどうか・・・いま一度考えてみよう。

(「謂われなき」と思う)罪びと
としての贖罪や悟り
などの個人的救済覚醒(
何から救われたいのだろうか?)
を目指した多くのヨソ様の宗教(?)の来し方を思えば思うほど私達
人類は、その段階にはまだ至っていないような気がする ⇒ 「人間はまだ始まっていない!」と思うのはその様な短見浅慮に基づくモノであり、天賜に与る三種の神器(この場合、畏れ知らずの私はと読み替える)を知ろしめす国祖が天下に号令して(知らしめて)日本は始まったものの、向かうところはゴールではなく次(どんな世界かは分からないが・・・浄獣清蛮・剥獣削蛮
・泄獣雪蛮?)のスタートライン(人間が始まる)のような気がする。
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民主主義<democracy:民主制?>雑感 : 民主主義とは国家(あるいは群棲)の権力主体がそれを構成する人々全員であり、その意思決定は権力主体の合意により行われる体制・政体とされるが、国づくり(肇国)を担う使命を大前提として根拠と重要度を意識した
『肇国三律』
掲げている世迷者として、民主主義に言う権力主体が今現在を生きている人々(能力や資質なども考慮されない構成員?)にのみ比較的偏重され、歴史的
制約が軽視されがちであることは懸念される。また、しきりに民主主義に言う『権利』が義務を伴うか伴わないかと言う瑣末を散見するが、先ずは(今現在の)権力主体が認め(合法)さえすれば、歴史的制約(『肇国前提の往にし方、来し方、うつつ、行く末)を考慮しなくても『強制力(三権+金力・武力)』を行使できることの『恐ろしさ』をシラスとウシハクの歴史に学ぶべきだろうとシロウト欠稽に思う。 ☞ 「コトバアソビより本義本論を議論すべきだ!」と言うのなら、主義思想(まさに民主主義、派生産物等々)を云々する以前に肇国三態(肇国未完の国家〈肇国〉、肇国未然の社会〈扮国〉、肇国不問の群棲〈黙国〉)で私達の暮らし向き(経世済民)を論ずべきだと思う。
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肇国原則 : スメラギの悠久(尊弥原則)・さざれ石の巌(尊和原則
尊弥原則 : 「弥」を悠久(千代に八千代に)と普遍の美(女性原理:フェミニズムではない)と解釈して過去現在未来に亘って清流麗風を心掛けるコト。
尊和原則 : 禍瑕、つまり地空の夥禍とヒトの夥瑕を弁えて根拠と重要度を見い出し、その上で解決すべき課題に取り組む協力を心掛けるコト。

地空の夥禍 : 用地狭隘(暮らすに土地狭く)、資源烏有(生きるに糧乏しく)、天譴屡次(住まうに天災夥多)、つまり日本とは急峻険阻で可住面積が乏しく、資源土壌に恵まれないばかりか、時に常に襲い来る大自然の抗いがたい災禍に見舞われ続けてきた島国。
ヒトの夥瑕 : 人間って、誰もが不完全で能力が限られていて欠点だらけ。




部外者・外喚埒外《ガイカンラチガイ》 : 獅子身中の虫・化外のシミ・膏肓のトゲ・身から出たサビ。存在分限(語るべきを語る:根拠と重要度)も主張能力(慮るべきを慮る:目的と手段)も、『場外』こそ本来あるべき『ヤジ馬』そのもので、敗戦受忍(手足を縛られ、目も耳も口までも塞がれたまま)の私達が『反日だ!左翼だ!』と称して結果的に持ち上げ?てしまっていることをいいことに、いつの間にか日本の左側?に図々しく居座って、言いたい放題を当然の様に喚く単なるユスリタカリのヨソモノ(ナリスマシ日本人の在コ、日本人モドキの仮籍)。許すまじ!。
 
化外のシミ : 『ジャパンブランド』がなければ(あるいは日本でなければ)、恨・憐・貶・貪のホカに能がない「日本に居るだけで丸儲け!」を図々しくも「生きてるだけで丸儲け!」と嘯く特権在日・国賊仮籍ら『大きな手・大きな声』のコト。在コ仮籍:部外者・外喚埒外、獅子身中の虫・化外のシミ・膏肓のトゲ・身から出たサビ。
 
凭託情報屋 : 政治家でも、マスコミでも、経営者でも、学者
でも専門家でもなく、ただそれらに成りすまして
恥じない三流専門家、在コ仮籍・恨憐貶貪の日本人ヅラ(公追貪利者、或いは内猷内奸
 
くれぐれも「反日」とか「左翼」とか呼称べきではないし、従って私達も「右派」とか「保守」とかを自称すべきではない。韓ちゃんに「ナニサマのつもりだ!」と言われたコトがあるが、それでも繰り返す。この血類血脈の『素行』を「反日」とか「左翼」とか言ってはならない。相手にされているものと素性を押し隠して図々しく、ご覧のように左右の意味すら分からず分かろうとせず、ただタカリたいだけで日本の左に居座って貶日貪日の言いたい放題(日本に居るだけで丸儲~け!貶日貪日ならなお儲~け!)でしかない!_せいぜい「外喚」か「埒外」とでも言っておくべきでしょうネ!

工作員ではなく『情報屋』としたのは、地道に謙虚に敗戦から立ち直ろうとする日本の肇国三律をなす国訓のシラス(報務知権・知務報権[為報成知:報せるべきを知らせ、知るべきを知る])を国幹で恣行したからだ!(もし、日本文明継承者だけの手で戦後復興がなされていたら、と思うとなおさら・・・!)

肇国《チョウコク、はつくに》 : 建国するコト、国を肇《はじ》めること、建国途上の国家、国を肇《はじ》めた国家 ⇒ 日本は肇国未完の国家(行方ある試行錯誤) ⇒ ヨソ様は未だ行方すら定まらない肇国未然の社会(行方なき回歴彷徨・彷徨錯誤)
シラスとウシハク : http://tradespec.main.jp/6/su ⇒ 為報成知(報せるを為し、知るを成す):使命感を以て報せるべきを報せ、知るべきを知る_権利でも義務でもなく当然の使命だ!
事大主義 : http://tradespec.main.jp/6/wjs
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公追貪利者 : 戦後受忍の諸悪 ⇒ 公職追放令後の政財産官学の要席に居座って、巧言金権・虚飾愚計で劣能不手際をごまかしながら、莫大な日本の富や権益を今なお当然のように貪り続ける虐日偽善(貶日潰日)の寄生的乞食郎党(コソコソ凭託血脈:化外のシミ・外喚埒外部外者
公職追放令 : http://tradespec.main.jp/3/2gupi5l
内猷内奸 : 公追貪利の特権在日や仮籍のように、国内に偽りを張り巡らし、敵に内応して国難を招くモノ




トゲ抜けジィの独り言
トゲ抜けジジィは思った。「これがトゲだ。無数に刺さっている痛くないトゲだ。誰にも傷み(ダメージ)を知覚させない不感の痛み(ペイン)で傷めつけるトゲだ!」と・・・

肇国三態、つまり、先ずはさざれ石(類縁血脈:国づくりの小さな手・小さな声)として国づくりをするのか?しないのか?を確認し合うべきであって、そのためには日本人(日本文明継承者)になりたいのか、日叛人(日本人ヅラはするが、日本文明を継承しない)として肇国の妨げになりたいのかですよネ?

=====

私達み~んなが反日活動工作?の敵対言動を「革新だ!」「左翼だ!」と、さも暮らし向きの問題を解決する対論をお持ちなんだろう?と勝手に錯覚してそれらしく持ち上げ?てしまた不毛とでも言うべきなんでしょうネ?・・・
その「革新左翼」を隠れ蓑に、「日本に居るだけで丸儲け~!貶日貪日ならなお儲け~!」という単なるユスリタカリに味を占めて、ただただ日本を貪る部外者とでも言うべき責任能力も賠償能力もない図々しい凭託血脈でしたネ ☞ 部外者(外喚埒外・在コ仮籍:外喚埒外・獅子身中の虫・化外のシミ・膏肓のトゲ・身から出たサビ)

で、よせばいいのに私達もまた保守だ!右派だ!と称して暖簾に腕押し糠に釘とでも言うべき論破論駁を試みた徒労が(膏肓のトゲ:※)によるオソマツ乱暴な戦後受忍の景色。
.
※ 膏肓のトゲ:膏肓(からだの奥深いところ)に潜んで痛み《ペイン》なく傷み《ダメージ》をもたらして手足を不自由にするだけでなく、なんのためらいもなく目も耳も口までもマヒさせて掠領するための現トロ(現地調達トロイの木馬)による「核に優るとも劣らない」厄介なトゲ。 ☞ トゲ抜け!ジジィのシロウト造語

ネットで、欧色社会をはじめとするヨソ様の殆んどは、国祖が天下に知らしめた国づくり(私が日本)とは違う正義や常識を掲げるウシハクの社会だと教わった。 ☞ ねずさんの ひとりごと:シラスとウシハク

だから先ずは肇国三態とでも言うべき暮らし向きの大枠を前提?にして左右保革タカハト云々の前に、ウシハクか?シラスか?という人類の試行錯誤(1万年に満たないので早計かもしれないが)を念頭に暮らし向きを論じるようにならないものかと晩節に教わったことを書く。

(シロウト無責任な「コトバアソビ」をたしなめられながら)片や自由民主党(文明開化?)、片や日本文明継承党(皇紀悠久の試行錯誤:長いので継日党?日承党?肇国党?)の一人ゴチで、シミ抜きジジィのカタコト語だったつもりがトゲ抜けジジィのカタコト語でも呟いてみた。



『和』についての我が世迷者のシロウト解釈
『和』は、実りを誓って力を合わせ、実りを得て感謝する意と解釈(いつもの我がシロウト無責任の解釈:感謝・勤勉・自重《公饗》)。白川静氏によると軍門「禾」と祭器「口」の会意で講和を意味する。らしいが、我が解釈では「禾」は実り、「口」は誓い・哀悼・感謝の祭器(やまとことばの「わ」には秩序、調和、共同体を暗示する意味があるそうだ。)
ちなみに、平和の『平』は、敵の砦を取り払って平らげたカタチと聞く(白川静氏によると干と八とを組み合わせた形。干は手斧の形。八は木片の形。手斧で木を平らかに削って木片が左右に飛び散る形が平で、「たいらかにする、たいら」の意味となる。らしい)
(また『和』は、「あい」とも読める ⇒⇒⇒ 「あ:本源」、「い:心」)
人間って、誰もが不完全で欠点だらけ(当然能力が限られている)だから、それを補おうとするか補い合おうとするコト(愛)⇒ 別な言い方をすれば、「(かけがえのない)大切だと思う心」の発露 ⇒ お天道様 ⇒ 長幼男女優劣貧富の別なく遍く照らし亘る大切なモノ(形象:日の丸)
.
尊和原則・・・人には聖人も愚人もなく
共に凡人にすぎない
この世に完全無欠の人間等
どこにも存在しない
だから意見が食い違うのは当たり前
より良いものを作るには
道理にあった議論が必要である。

およそ人は私心があれば、
必ず自他に恨みの感情が生まれる。
恨みがあれば、心から協調できない。
協調できなければ、
結局私的な事情で公務の遂行を
妨げることになる。

互いを思いやり、人を責めることなく、
苦あれば手を差し伸べ協力し合い、
利益に翻弄されることなく徳を積む。
私心を捨て、凡人であることを受け入れ、
神を敬おう。
「和を以って貴しとなす」・・・十七条の憲法:http://tradespec.main.jp/8/wtn

そんな塩梅の分かったフリと分かったツモリの世迷言だが、「憲法とは人権を保障し、権力を縛るものだ!(乱暴な解釈ゴメン)」とのウイキペディア(http://tradespec.main.jp/3/kp)での専門家の「ご意見」に逆らう身の程知らずを言えば、憲法は『十七条の憲法』に言う第一条(和を以て貴しを[と?]為す)だけでイイと思うが、乱暴だろうか?(動画:【聖徳太子】から学ぶ日本の心 十七条憲法 冠位十二階

この場合の『和』とは、「感謝・勤勉・自重公協」の働き者達が手に手を取り合って高め(勉強:7番目の資源『機会』を自作する唯一の手段。『自らに勉めることを強いるコト』とシロウト解釈)合い、天恵・天譴の希望の島(天皇がまします国家)の来し方を思い、今は当然のことながら行く末をも思い遣って誰でもが自分でできることを持ち場持ち場(本職主用:機会)、司々(役職役割:使命)に全うし、『義』と『理』に適おうとするコト。
義 : いつだろうがどこだろうが誰だろうが(普遍)、納得できるコト(心象?)にこだわろうとするコト。(真:カミ《「神:GOD」ではない》を決めたモノ)
いつだろうが、どこだろうが、誰だろうが冒すコトができない、他のコトでは贖えない、終始一貫して筋道が通っているコト、あるいはそれを成し遂げようとするコト。
理 : いつだろうがどこだろうが誰だろうが(普遍)、説得できるモノ(現象?)にこだわろうとするコト。(科学)
いつだろうが、どこだろうが、誰だろうが冒すコトができない、他のコトでは贖えない、終始一貫して筋道が通っているコト、あるいはそれが示そうとしているコト。
自重公協思想 : 礼と恥を嗜みとし、自尊自戒を心得とする思想 ☞ 自重公協

もっと乱暴を言えば、自由・人権・平等・民主・平和・・・な~んぞはよくよく注意していないと『ゼニ』で左右されるおそれが常にある『危ないモノ』と思っている。
.
天譴 : ここに言う場合、「天罰」と言うより自重公協を促し、シラスによる国づくりの使命を鼓吹鞭撻するお天道様の、ご先祖様の「訓え、戒め」(シロウト解釈)。
☞ 用地狭隘(暮らすに土地狭く)、資源烏有(生きるに糧乏しく)、天譴屡次(住まうに天災夥多) ☞ 
急峻険阻で可住面積が乏しく、資源土壌に恵まれないばかりか、
時に常に襲い来る大自然の抗いがたい災禍に見舞われながらも、この絶海絶望の島を「なら、どうする?」「でも、どうする?」とさざれ石(日本文明継承の小さな手・小さな声)み~んなで服ろ《まつろ》うべきスメラギの随《まにま》に、したがって人事を蔑ろにして天命を待つのでも、また誰のせいにするのでもなく、さらに少数寡勢の手に負えない場合にはお蔭様とお互い様を憚らず、共に手を取り合ってでも為すべきを我と我が身に問い掛けて『希望の島』にしてきた。それはまさに「この道!」、人類の『奇跡』、国祖の叡慮と名も無き偉人(ご先祖様)達の足跡。子々孫々、終わりなき君が代の肇国(「我・家・《地方》・国」の唇歯輔車《相互必須の関係》)の使命。 ☞ 日本人雑感
人譴 : 神の愛、仏の慈悲、賢哲の法理(儒仏耶印猶回の宗教・哲学、有職・博覧など)に潜む人智の濫用、人の営為(長幼男女優劣貧富の都合、親疎損得巧拙高廉の手心・駆け引き・酌量・配慮・権謀術数・手練手管・捏造改竄、シニカル三策など)?を常識、あるいは正義とするウシハクの思想秩序(左右保革、自由・人権・民主・平等、常識・正義云々:天譴をシロウト解釈した対語として造語)
シニカル三策:ルール(法《ノリ》、ひとが決めたモノ)は、つくって守らせるが上策、都合で右左するも上策、中策無くて守るは下策。
世界秩序思考(ワールドオーダー):シニカル三策・ウシハク・都合、自由人権・民主平等、戦犯敵国、左右保革云々。 ⇔ 日本文明思考:国づくり・シラス・使命、大御心・すめらぎ・大御宝、日の丸・国語・君が代などの叡慮に服ろ《まつろ》う試行錯誤
公協[自重公協] : (「津浪てんでんコと結っコ」、「お陰様とお互い様」の?礼と恥を弁えた)先ずは「我が《いのち:使命》のため」、必ずやそれが世のため、人のためとなるような「我がため」。つまり我がためは公のためであり、公のためは我がためであるとして『持ち場持ち場(本職主用:機会)、司々(役職役割:使命)」に専念することを各々の使命と心得、「お陰様!」と「お互い様!」を常として共に全うし合おうとするコト。日本の「和?」

何が分からないのかが分からない(ミチ<義:カミを決めたモノ>、スジ<理:カミが決めたモノ>、ノリ<法:ヒトが決めたモノ>)?がゆえに来し方と行く末を尊い《たっとい》とする真摯を『今《うつつ》』とし、ヒトの為し難い不完全と大自然の抗いがたい脅威とを見定めたハツクニシラススメラミコト以前の「日の本《ひのもと》」の叡慮を「根拠と重要度」の源泉とし、肇国未完の試行錯誤を共に汗しようと号令した唯一「世のため人のため(すめらぎ)」に服《マツロウ》うべき不磨の神髄が日本にはある。

ここに言うカミは、神(GOD)や神(god)ではなくカミ(KAMI)である。:ハツクニシラス以前(少なくとも縄文の2万余年)、既に日本は国家だったんだと思う。(神話の大部分は試行錯誤の史実だったに違いない)
.
世のため人のため : よく「世のため、人のため」と無私無欲を諭して『人の道』を説くモノがある。がしかし、この『為世為人』は古今東西、ただ天皇陛下お一方だけがご一身に体現めされていらっしゃることは自明であり、到底、私達が行い得るものではなく、従って我をもなしえぬ身での「世のため、人のため」ほど僭越不遜なことはない。したがって天皇陛下(スメラミコト)は神(GOD・god)を語らぬカミ(KAMI:スメラミコト、人間として服ろうべきお手本)であり、皇室は終わりなき為世為人をお支えになられる仕組みであり、以て不二無双の尊崇を越えた御存在であり、それは支配(権力:説得)ではなく服ろう(権威:納得)所以である。 ☞ 自重公協 : 先ずは「我が魂の霊《いのち:使命》のため」、必ずやそれが世のため、人のためとなるような「我がため」。 ☞ はたらく・創益:害を除いて「先ずは我がため《価:身の丈》」と「世のため人のため《益:いよいよ役立つ、溢れる》」を創り出すコト。
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いきざま(『我・家・《地方》・国』づくり):縄文に遡る国祖の叡慮(肇国三律)を尊《たっと》いとしてスメラギに服ろ《まつろ》い、持ち場持ち場(本職主用:機会)、司々(役職役割:使命)に楽をし、楽をさせる工夫義と換骨奪胎)を楽しみとしてお蔭様とお互い様の礎とし、己が二大目標生計目標・生涯目標)に資する密接不可分唇歯輔車:相互必須の関係)の我がコト(三拠天譴に重ね温ねた肇国の無論)として家門(いえかど:素性由緒)を調え、社稷の弥栄に勉め、さざれ石(小さな手・小さな声)の使命として終わりなき日本文明を「苔生す明日」に紡ぎ伝え、名も無き偉人(ご先祖様)達の裔として『感謝・勤勉・公協』に生きようとするコト。  
※ 社稷<国家・衣食住>:土地神を祀る祭壇の「社」と穀物の神を祀る祭壇の「稷」
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祝詞 : 此の神床に坐す 掛けまくも畏き 天照大御神 産土大神等の大前を 拝み奉りて 畏み畏みも白さく 大神等の広き厚き御恵を 辱み奉り 高き尊き神教の随に 直き正しき 真心もちて 誠の道に違ふことなく 負ひ持つ業に励ましめ給ひ 家門高く 身健に 世のため人のために尽さしめ給へと 恐み恐みも白す。
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<日本人雑感・・・>
みちのく一の宮の元日一番祈祷(1月1日0時)で一年を始めるようになってから、我が家の神棚に糊付けした拝詞を「今年こそは」と読み上げてきたが、(初夢で閻魔さまが~)その舌も30回ほど生え変わって今年も「日々楽観!」 ☞ だから?間違うのだろうし、時には魔が差すのだろうし、為し難く成し難いのだろうが、そんなごくごく一部の不心得者があったにしても、日本人の殆んどは

高き尊き神教の随に直き正しき真心もちて誠の道に違ふことなく負ひ持つ業に励ましめ給ひ、家門高く身健に世のため人のために尽さしめ給へ(たかきとうときみおしえのまにまに なおきただしき まごころもちて まことのみちにたがうことなく おいもつわざにはげましめたまい いえかどたかく みすこやかに よのためひとのためにつくさしめたまえ)

と誰に言うのでもなく、またあらためて意識するのでもなく、私達さざれ石(日本文明継承の小さな手・小さな声)の正中心にそれは端座し、まさに同行二人の随聲(同行二人として随伴するもう一人の自分の聲)で、いつもいつまでも心地良く囁き掛けているモノです。

たとえば、あの東日本大震災と記録された未曽有の絶望的災禍の悲愴沈痛にあってですら、指導統率なき秩序を「さりげなく」保ち得たのもまた、「みおしえのまにま」に我・家・(地方)・国を唇歯輔車(相互必須の関係 ☞ 「私の日本!」と言うより「私が日本!」)とするさざれ石み~んなの正中心に端座して囁き掛ける「私が日本!」そのものの随聲(同行二人として随伴する聲)の賜物ですよネ!
☞ 法の云々をすら恥とする唇歯輔車と私が日本!・ツナミてんでんコと結っコ・お蔭様とお互い様。
☞ 時に山は焼け川は浚い、地震え海溢れ、風雨霜雪巡りきて天恵と天譴を知り、勤勉と正直以外は生きにくい肇国未完の国家、それが日本、私が日本。「それなら、どうする?」「それでも、どうする?」
☞ 共に手と手を取り合う働き者達の家族的手作り国家建設継承。.
☞ 為報成知 : 報せるを為し、知るを成す ☞ 報せるべきを報せ、知るべきを知るコトは権利でも義務でも勿論自由でもなく、縄文に遡る国祖が天下に知らしめた「日本人の服ろ《まつろ》い止まぬ」使命だ!

「実際のところ、民主政治は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けば、だが・・・」 ☞ ウィンストン・チャーチル(下院演説:November 11, 1947) ☞ この演説が肩に重みを感じて真摯にマツリゴトに取り組んでいたモノの述懐なんだろうか?・・・ ☞ ウシハクの元英首相(な~んとなく、シラスの日本を知りたくはなかった?ような気がする。)