安余道らすあよしらす維新の総仕上げは権畏離岸ケンイリガン萌意肇航ミンイチョウコウ
を以て貴い たっと を為す魂の霊いのちの宿願本懐。
◉ らすによりて滅ぶる国あらば滅びてもよし、断じて滅びず! ◉
誠実勤勉互陰に為すべき為せるを為そうとする魂の霊いのち魂の霊いのちによる魂の霊いのちのための試行錯誤。



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=_[フェイスブック:小名木善行ねずさんと学ぶ会]_=
〖ねずさんのひとりごと_耳塚〗

※抜粋:そうした歴史の恩讐を越えて、新しい未来を拓くことを私は望みます。※

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 私たち日本の「新しい未来」とは、日本語と道らすと以和為貴とで確かめ合う未知未論未曾有の『萌(たみ/働き者たち)の時代』だと思うんです。

 それは、いわゆる宗教哲学のように信ずるとか信じないとかではなく、先ずは中卒中程度の知力努力を以て目的(行先:知悉治全/完全無欠)と目標(究道及完/修理固成)との違いを弁え、無撞着無矛盾を生きようとすることなんだと思うんです。

[冗長余談]私たちすべては、いわゆる神(クリエイター[造物創造主]:完全無欠/全知全能)が造ったか否かはともかくとして、程度の違いこそあれ今なお誰もが迷い嘆き苦しみ悩み、藻掻いて悶え、足掻いて喘ぐ未完成です。

 だから(なんでしょう)か?(ヨソ様:異郷化外/主佩く恣弄徒)は、不完全と言うより人類の課題(衆愚啓蒙)?として具体的に罪障苦愚を説き論っては悔い詫び悟り目醒めなさい!とばかりに神の国や仏の涯を目指すべく?いわゆる宗教哲学が善悪正誤/理非曲直・優劣賢愚/軽重凡卓アレコレ云々ツベコベ然々と天に善を正しきを神を仏を語ってコレこの通りアレあの通り悠久の時を越えて(ラクダが針の穴を通るがごとく)今なおソレです。

 ですから、ここ『(十宮五司)の奥のこの道』では、ねずさんを始めとする皆々様からお教えいただいた「しらす(ここでは道らす)」の鼠輩なりの解釈で、私たち日本とは全て魂の霊(いのち)は今なお罪障苦愚と言うより単なる不全未完(限局未完/有限貧鉱)なんだとして畏れ多くも有り難き天皇の道らす親任聡覧を基に、先ずはただ一所懸命にただただ一生懸命に『働くこと(究道及完)』を以て、その禍瑕完治(不全未完の解消根絶)を畏れ多くも有り難くも天皇と偕(とも)に為し遂げようとすることを以て人類唯一の目的ある目標文化(皇国文化/代謝文化)とし、主佩く恣弄徒との違いと共に、私たち魂の霊(いのち)の為すべき為せるを為そうとする(おそらく)ワケ(起源と理由と目的)を鼠輩がごとき痴がましくもツベコベしております。

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◉修理固成(つくしかためなす):つくす(作り上げよう完うしようとすること)べきを道らす以和為貴に尽くして具現化すること。
◉知悉治全:文字通り悉くを知り、全てを治し切ること。
◉究道及完:文字通り道を究めて完うしようとすること。
◉十宮五司(とみやごし):日本語を十条の働き(考え方)と五状の営み(為し方)、一条五賜の母音と九条五賦の子音とする見方。
◉道らす(しらす):皇(かみ:顕畏/天皇)が萌(たみ:権畏/辿能)を知る(治る/気付ける)ようにさせようとする畏(かみ)の叡慮。魂の霊(いのち:起源の分魂)、霊の魂(よのたま:善を為す根)。
◉親任聡覧(シンニンソウラン):天皇が日本文明啓開継承者に肇国肇航の一切を任せる親任と、その働きを見守り完瑕を裁断する聡覧。
◉はたらく(働く):機楽(はたらく:目的を為し遂げようとする我がため)と傍楽(はたらく:我がための世のため人のため)。
◉禍瑕完治(カカカンチ):畏(かみ/叡慮)の知悉治全、萌(たみ/機魂)の究道及完による魂の霊(いのち)の不全未完(限局未完/有限貧鉱)の解消根絶。魂の霊(いのち)の宿願本懐(完全無欠への至極成願)。























































































































































道らす以和為貴・奥のこの道